リレーメッセージ
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三重喉友会
三重喉友会代表の塚本明雄です。
私は55歳1999年10月に「喉頭がん」がみつかり、12月に喉頭摘出手術をして、声がでなくなりました。
手術をする前は声が出なくなり、話せなくなると言うことが実感出来ませんでしたが、術後は声が出なくなった自分でありました。
三重肺がん患者の会
私は、2007年1月「肺腺がんステージ3a」(右中葉に3cm程の腫瘍とリンパ節転移有)の告知を受け、手術出来ず放射線+抗がん剤治療を行い、2016年まで幸いにも転移・再発無く元気に仕事もしています。
初めて抗がん剤が自分の体内に入ってくる時「同じ治療を受けて、治った人いるんかなぁ?」と、ものすごい不安感を覚えました。
友愛会紹介と私の体験
友愛会はオストメイト(人工膀胱、人工肛門造設者)の患者の会日本オストミー協会三重県支部(人工膀胱患者の会「三互会」、人工肛門患者の会「友愛会」)として活動しています。
設立は昭和57年(1982年)10月23日で三重大学附属病院松本好市先生(現四日市社会保険病院院長)により県内の病院に働きかけ患者の会が設立されました。
患者の一日も早い社会復帰、ストーマ(人工肛門)の管理、パウチ(ストーマに貼る畜便袋)の交換、日々の悩み不安等解消するため事業を行っています。
三重大病院における‘がん’患者さん支援活動
従来‘がん’の治療法といえば手術が主体でしたが、最近では抗がん剤療法、ホルモン療法、放射線治療、ラジオ波治療、免疫療法、遺伝子治療などいろいろな治療法が発達し、治療成績も格段に向上しています。
それに伴い今までは治療することが困難であった進行がんの患者さんも、適切な治療法を組み合わせることにより、かなり延命できるようになり、時には治癒することさえ期待できるほどになりました。
鈴鹿中央総合病院の紹介
当院の沿革を簡潔に説明します。
昭和13年に河芸郡医療利用購買組合が鈴鹿市神戸に30床で設立した「中勢病院」に始まり、三重県厚生農業協同組合中勢総合病院として500床の総合病院に発展してきましたが、建物の老朽化と敷地の狭隘化を解消するために平成5年5月、現在の鈴鹿市安塚町に「鈴鹿中央総合病院」と改称し新築移転しました。
独立行政法人国立病院機構三重中央医療センターの紹介
当院は、国立津病院と国立療養所静澄病院が統合されて国立三重中央病院として現在の地に開設され、昨年無事に10周年を迎えることができました。
最も大きな変化は、開設時には国立病院でしたが平成16年に国家公務員型ですが独立行政法人化され、病院名も三重中央医療センターと改称したことでしょう。
これにより企業会計の導入とともに145病院での機構組織下での独立運営となりました。
三重県立総合医療センターの紹介
三重県立総合医療センターは、平成6年10月に現在の地(四日市市大字日永5450−132)に開院されてから早や15年目を迎えようとしています。
現在までに救命救急センター、基幹災害医療センター、第二種感染症指定医療機関、地域周産期母子医療センター、臨床研修指定病院、地域がん診療連携拠点病院など多くの指定を受け、三重県全体を視野に公的病院としての機能を発揮しております。